投資、音楽、ちょっと哲学。

20代後半。投資、音楽活動、哲学で生きて行きたい。等身大のブログです。

知り合いが大舞台に立っている時の、今の自分の気持ち を、分析してみる。






やっほい!
トーシバンドですう!!



お久しぶりすぎて、もはや久しぶりという感覚が、ほとんどありません!








なんか、いろいろ勉強していました。

TOEICとか、お金の勉強とか。

株も、今年中には再開したいと考えてます。

まあ、状況を見ながらですが。
















そのー、ね

急に関係のない話になってしまいますが、




僕は、バンド活動をお休みしています。


しかし、周りの、特に後輩たちは、全然続けているわけで。











みんな、着実に成果を残している状況を、少し僻みがちに見ています 笑






僕は、なぜバンドをやって来たのだろう ということに立ち返って、考えていました。


バンド というか、音楽 ですね。





結論は、好きだから です。





もうね、ありふれた答えで全く面白くないのですが、こればかりは仕方ないです。






問題は、

なんで好きなのか


ですよね。












なぜだろうか













何人かで集まって、何かを(曲をやライブの演出を)生み出すことに、脳が大きな感動を覚えたからだと思います。



僕の知らない情報やアイデアが飛んで来て、合わさって、作品ができる


この過程と、結果生まれた作品や演奏している瞬間、振り返って映像を見ながら反省する時間


その全てに、愛を注ぐことができたんです。








うまくいかないことばかりでしたが、それさえも愛おしかったです。







そういうものに、囚われていたのかもしれません。

その時は、他人の成功を羨むことこそありましたが、嫉妬することはありませんでした。


というか、厳密には、嫉妬した感情を抑制できていた のかもしれません。









で、一線から離れた今、それが抑制できなくなりました。笑












単純に、知り合いが音楽で大舞台に立っているという状況、その現実を直視するのが苦しく、辛いとすら思います。笑















でも、ぼくができることは、音楽を作って、オンラインで発信しながら、

お金やビジネス、世の中についての勉強をし、僕個人の能力を上げ、

自分の音楽活動に還元し、社会に放っていく行くことだと思っています。
















今日の日経新聞に掲載されていた、孫正義さんのインタビューを読んで、

日本の士気が低下している ということはわかりました。




僕も、起業家 とはいきませんが、音楽という芸術の側面から、

日本を奮い立たせることができれば と、

記事を見て思いました。




今までは思わなかったのに。





きっと色々なことを、社会の仕組みを、外の世界へ目を向ける ということを覚えたから、

本気で考えれるようになりました。










具体的な行動の前に、とにかく意思や理念を。





















































めっっっっっっちゃ散らかった。

いじめられたという過去。いじめた側は「いじめ」を子供にどう伝えるの?








やっほい!
トーシバンドですう!!











いやあ、ちょっと消えてました。

なんか、ギターに集中してたり、寿司を食べに行ったり。















で、
















いや、タイトルが重いわ っていうね



僕は小学校中学校時代、どちらかというといじめられてました。




急になんやねんというね

いやあ、きっかけがもちろんありますよ




先週末?くらいに、昔僕のことを主にいじめていた人を見かけたんですよ。

街中で。



で、「げええ!」とか、思わないですよ。


「ああ、あの人」って感じで。



奥さんとお子さんがいらしたんですよね。



「なんや幸せそうに、ムカつく!」
とかも思いません。



なんとなく、「ああ、よかったなあ」って思い。






もちろん、いじめられてた人の顔ですから、嫌でも覚えてるわけです。

でも、思い出しても、ムカつく というわけではなく、

ただただ、記憶の彼方にあったものが、呼び寄せられたような感覚です。






そこで僕が思ったのは、

その人は、自分の子供に、「いじめ」について、どうやって教えていくんだろう

ってことです。







綺麗めに、ただただ「あかんよ」って教えるのか


何か本の文章を引用して来て教えるのか


自分が昔いじめをしていたことを言って、そんな風になるなよ って教えるのか








まあ、3つめは無いかなあ

僕が彼の立場なら、それはしないと思う。







僕なら、本の文章を引用して来て、教えたりするかなあ

「こういうものがあって、こういうことだから、あまりよくないよ」


って。

















いやそもそも、


もしかしたら彼の脳には、「自分がいじめをしていた」

って内容が、何かのはずみで消えてるのかも。





そしたら、イノセントで、

「いじめはあかんよ」って、綺麗めに教えることができますよね。





まあそれは、彼次第 ってことで。


















なんでいじめられてたんだろう って考えると、

確かに思い当たるところはありますね。








なんかよく、「顔がでかい」とか、容姿のことでいじめられてたような記憶がありまして 笑(お恥ずかしい)


それは事実なんで仕方ないんですけど、

そこで笑って済ませてればいいものを、生意気に言い返したり、

反抗したりしちゃうんですよね。


それでさらにいじめられちゃう っていう

そういうループでしたね。






もしかしたら、僕の思い込みなのかも知れないですけど。







まあでも、いじめられる方にも、問題はあるなあ と、


自分のケースだけ分析すると、

そう思いますね。





いじめるほうが悪い っていうのは、

客観的な分析であり、単なる一般的な通俗的な観念でもあり、





蓋を開けてちゃんと見てみると、多分100:0 ってことは無いんやろなあ

って思います。




故に、対話とか、そういった冷静な場が必要になるのは必然だと思うのですが、

その場まで、うまく導けてない

ような気がします。

誰のせいか どういう状況か とか、いろいろあるとは思うのですが。



















音楽をやっている立場からすると、

変な言い方ですが「いじめられる側でよかったなあ」

って、今は思えます 笑





なんかすごい、エネルギーになることがあるんですよ。



というか、なんやろうな、









「いじめられたことによって、我慢の能力が身につき、

我慢してる最中に周りの状況を見ながらエネルギーを貯め、

適切なところで爆発させることができるようになった。」







みたいな感じですかね。

無理やり文字にすると。笑








「いじめられて、悔しくて頑張った」

みたいな、成功者が言いそうな文句とは、少しニュアンスが違うような気がします。







もちろん、そういう瞬間もあったと思うのですが、

それ以上に、冷静に俯瞰する能力が付いたんじゃないか って思いますね。


それこそ、効率よく自分を護るために 笑








そういう理由で僕は「いじめられた側で良かった」のかもしれない

って、一応言えるかなあ






って感じですね。




















うん。


















ねよ。

〜完〜


努力の方向が変わってきてる。








やっほい!
トーシバンドですう!!










タニタ って会社、あるじゃないですか。


なんか、痩せる系の、健康食事系の。








あの会社が、副業を容認するだけでなく、

希望する社員の雇用形態を、


個人事業主 にする


って記事を読みました。





基本的な仕事内容は変わらないのですが、

・副業が可能になる

・プラスアルファとしての社内の仕事を請け負える(給料も上がる)

・定年と雇用保証が無くなる。


って感じらしいです。







会社に所属しながら、フリーランスの側面もある

という、面白い雇用形態だな と思いました。






会社で請け負う仕事に、
インセンティブ的な側面が出てくるので、

仕事の質次第で、どんどん依頼が増えて、

会社に居ながら、給料がどんどん上がっていくという。







すごいですよね。






まあ、全体で見たときに、

会社が発注する仕事の割り振りバランスはどうするんやろう

ってのは、思います。





仕事の量にも、絶対値 がありますから、

仕事のできる人にどんどん仕事が回ってきて、

シンプルにできない人には回ってこない。




結果的に、「仕事ができない人は失業」


という、日本らしからぬことが起こるんでしょうね。







まあ、それが良いのかなと思います。
個人的には 笑










会社員の方でも、本当の実力を見られる時代が来たのですね。




良いと思います。

仕事 というものに、新しい意義が生まれると思います。

〜完〜

ボーナスがうらやましい





やっほい!
トーシバンドですう!!









ボーナスがうらやましい なあ

って、毎年思っています。





僕は、契約社員? みたいな感じなので、

ボーナスが無いのです。








そもそも、ボーナス って何なのかな









会社の業績に応じて、従業員(主に正社員)へ支払われる、特別手当。




なのかな。要約すると。







大体の企業が、売り上げがよければ額が上がり、

加えて、役職によって額も桁が違ってくる

みたいな。




給料の2,3ヶ月分 もらえたりするんでしょうか









いいなあ って、思います。









貰えないが故に文句を書くのですが(ええっ…!!)






もっとインセンティブ的になってもいいのかな

って思います。



歩合 というか。





でも、大きい企業さんだと、そんな隅々まで、

しっかり見れないですよね。

正当な評価を下すほうが難しい。









個人の能力が重要視され始めているこの社会で、


いつまでも、会社の業績に応じて支払われる

ものは、ボーナスではないのかなあ って思います。




というか、ボーナス って言い方を止めたほうが良いかもしれないですね。







完全歩合制実力手当(年2回)


なんか嫌やな…





























ハイパー手当(頑張った分だけもらえるよ)


















これやな。

〜完〜

間に合わない とか 間に合う とか




やっほい!
トーシバンドですう!!



おひさしです!!!








一週間くらい書かなかったのかな…

なんかこう、ブログを毎日書くのが義務みたいになっていたので、意識的に休みまして、







思いついたことがあれば書こう と考えてました。








なんかよく、「間に合わない 時間がない」



って言ってはるじゃないですか。


巷では。








僕は、本当にそれがわからなくて。





まあ、それがわからないことが、

自分の社会性の無さを裏付けているような気がして、

あかんのかなあ とも思っているのですが。









その、間に合う


って、




間 という間隔に、物事を合わせる

という事だと思うんです。
字のまま解釈すると。





間 は、時間で、絶対的な尺度なので調整できないとして、

合わせる という行為が、当人が調整できる尺度じゃないですか。







それが合わない ってことは、

時間がない のではなく、

当てはめる分量や容量が、間違ってる ってことだと思うんです。







間に合わない 時間がない



という行為をしてしまって、



そういう人がずっと同じ事を言っているように感じるのは、



反省していない か、反省の仕方を間違っているか





だと思いました。













例えば早起きして、時間を作って、

やれなかったことを、やる


というのは、ひとつの解決策のように思えますが、

短期的やなあ と思います。





時間の配分を変えてまで、やり遂げたいことなら、

そもそも、時間がない 間に合わない なんて、

言わないはずです。


本当に好きなことに対して、言わないと思うんです。そんなこと。














減らしていきましょうよ

それができないと、いつまで経っても本物の前進は無い

と思うんです。





一日のうちで、本当に自分の成長に直結してる行為なんて、1割にも満たないと思うんです。


そこの質を最大化するために、他の時間はしっかり区分して、過ごしたいなあ










って、なんとなく思いました。





ねむ…


〜完〜